仏教研究所の図書室で調べものをした帰り、近くの食堂でコーヒーを飲みながら一休みしていたときのこと。住宅地を回って刃物研ぎをすることで収入を得ている20歳くらいの男性が、食堂の客のところへ来て物乞いをし始めた。自分の苦境を訴え、食べるお金がないのでくださいと言う。男性が着ているTシャツとズボンは全体が黒くすすけたように汚れて、所々破れたり穴があいたりしている。
その場にいたのはカンボジア人が4人(うち2人は夫婦らしい)、自分を含む非カンボジア人が3人(うち2人は白人)だった。彼らが物乞いに対してどんな態度をとるのか気になったので観察してみた。
物乞いが最初に向かったのは若い白人男性のところだったが、あっさり断られた。続いて中年くらいのカンボジア人男性のところへ行くと、その男性は物乞いの男性に1000リエル札を一枚手渡した。2008年6月現在、プノンペンでは米1キロが2500リエルから4000リエル程度なので、1000リエルというのは安い米を400グラム買えるくらいの金額だ。
続いてバゲットのサンドウィッチを食べていた若いカンボジア人男性のところへお金を乞いにいくと、サンドウィッチを食べていた男性は100リエル札を1枚渡した。物乞いの男性は食堂のさらに奥へ入り、食事をしていた白人の女性に声をかけたが、その女性はまったく躊躇せずはっきりと断った。
さらに物乞いの男性は夫婦らしき二人組のところへ乞いに行ったところ、この二人組も500リエルを男性に渡した。
ストリートチルドレンや路上生活者に対する支援活動をする団体のスタッフ(非カンボジア人)のなかには、「自立の妨げになるから物乞いにお金や物を渡すのはやめるべきだ」と主張する人がおり、「開発」や「援助」の世界ではそういう考え方が主流になってきていると聞く。一方、カンボジア人は困っている人に対してお金や物を分けてあげる行為を「トヴーボン(善根を積む、徳を積む)」と言い、自分の今までの観察によると、手持ちの量や額に応じて分け与える人が多い。
この違いから学ぶべきことは何だろう。




