先日、仕事で首都プノンペンの某役所へ行った。そこでの用事を済ませ、さて帰ろうかと思ったときのこと。ちょっとした話の流れから、対応してくれた役所の職員がカンボジアの問題点について語りだした。
最初は彼の仕事柄、カンボジアの交通事情に関する話だった。彼にはオーストラリアで生活したことのある甥がいて、その甥っ子からオーストラリアの話をいろいろ聞いたことがある。また、メディアや知り合いを通して、日本の交通事情についての情報も得ている。この両国と比べ、カンボジアの状況がいかに悪いかを彼は話し続ける。
その後、こちらが役所の事務手数料についての質問をしたこともあり、カンボジアの公務員事情へと話題が変わった。彼によると、フンセン首相が公務員試験制度を導入するという話をしたらしく、試験制度が実際に始まったとしたら、今後はその試験に合格しなければ公務員として働けなくなる。
「そういう制度が始まったら、経済力のある人、有力者とのコネのある人が優先的に仕事にありつけることになる。公務員試験のために勉強しようとしたって、月収10ドルとか20ドルの人が試験勉強のための本を買ったら、食べ物を買う金がなくなってしまう。
今のカンボジアには金がないから借金し、それが返せなくなって土地を手放さざるを得なくなる人がいるじゃないか。彼らは土地を失い、食べていけず、どうすることもできなくて、路上で座り込んで涙を流している。哀れに思った道行く人が少々の金や食べ物を恵んでいるが、そんなのは一時の救いになるだけであって、根本的な解決にはなっていない。
公務員なんてのは、どこの役所でもどこの部署でも安い月給をカバーするために市民から不法な金を要求するんだ。だから役所の行政サービスの手数料がいくらかなんて言うことはできない。私がいくらと言ったところで、別の職員が請求する「手数料」は違うんだから。
NGOや国際機関が学校を建てるなど、いろいろ支援してくれるが、農業の分野の支援が少ない。まず人々が食べていけるようになることが大事なのだから、農村で農業に対する支援が必要だと思う。明るい将来のためには教育が大切だ、だから今、頑張って勉強しなさいというのは理解できるが、人間、お腹いっぱいにならなければ、明日のことなんて考えられない。
この間、(プノンペンの)ソリヤショッピングセンターに行ったんだけど、勉強そっちのけで遊んでばかりいる若者をたくさん見たよ。諸外国のいいところを学び、それを取り入れていって少しずつ改善していかなければ、この国の未来は明るくないね。
私たちの国カンボジアは問題が多過ぎて、私はどうすればいいのかわからないよ。」
■ある役人が語るカンボジアの問題点
■「これはヤギの肉だ。食べてみなさい」
久しぶりにカンボジア人のKさんと会い、日本から来たVさんと3人で夕食にヤギ鍋を囲んだ。そのとき、Kさんが鍋のなかのヤギ肉を見て、自分のおじさんとの思い出話をしてくれた。Kさんがまだ子どものころの話で、今から15年、20年前の話だ。
Kさんのおじさんは長い間兵士をしていたこともあり、食べられるものはなんでも食べる人だったという。そんなおじさんとKさんが食事をしに行ったときのこと。Kさんは、入ったお店で出された肉料理の肉が、その形状から足の肉だということはわかったが、何の肉なのかわからなかった。そんなKさんに対しておじさんはこう言った。
「これはヤギの肉だ。食べて見なさい」
おじさんに勧められるまま食べてみた。カレーのように煮込んだ肉料理でおいしかった。
その晩、寝床についてからのこと。なぜか体がカッカッと火照るように熱くなり、汗をかいたので水浴びをしてからまだ寝床についた。だが、しばらくするとまたカッカッと体が熱くなったので、再び水浴びをした。Kさんが言う。
「その晩は寝床についた後だというのに、2回も水浴びしたんですよ」
あとで知ったことだが、その肉はヤギではなく、犬肉だった。犬肉には体を温める効果があるため、カンボジアでは1年のうちで最も涼しい12月から2月ごろにかけて犬肉を食べる人がいるという。ただし、犬肉を食べる習慣は、カンボジア人にとっては一般的なものではなく、隣国ベトナムから入ってきた比較的新しい食習慣で、食べないカンボジア人も多いと聞く。Kさんのおじさんは料理が得意で、そのおじさんによると、犬肉はココナツミルクで煮るとおいしいらしい。
さて、別の日、Kさんがまたおじさんと食事をしにいくことになった。その店で、Kさんはまた自分が知らない肉料理を出された。おじさんは
「これはウサギの肉だ。食べて見なさい」
と言った。これまたあとで知ったことだが、その肉は猫の肉だった。Kさんによると、犬肉は首都プノンペンでも食べられるが、猫の肉を出す店は地方に行かないとない。しかも、その肉が猫の肉だと客に知られると売れなくなるので、客に肉の正体がばれないように出すという。
「そのおじさんは10年くらい前に亡くなりましたが、おもしろい人でしたよ」
Kさんのおじさんは長い間兵士をしていたこともあり、食べられるものはなんでも食べる人だったという。そんなおじさんとKさんが食事をしに行ったときのこと。Kさんは、入ったお店で出された肉料理の肉が、その形状から足の肉だということはわかったが、何の肉なのかわからなかった。そんなKさんに対しておじさんはこう言った。
「これはヤギの肉だ。食べて見なさい」
おじさんに勧められるまま食べてみた。カレーのように煮込んだ肉料理でおいしかった。
その晩、寝床についてからのこと。なぜか体がカッカッと火照るように熱くなり、汗をかいたので水浴びをしてからまだ寝床についた。だが、しばらくするとまたカッカッと体が熱くなったので、再び水浴びをした。Kさんが言う。
「その晩は寝床についた後だというのに、2回も水浴びしたんですよ」
あとで知ったことだが、その肉はヤギではなく、犬肉だった。犬肉には体を温める効果があるため、カンボジアでは1年のうちで最も涼しい12月から2月ごろにかけて犬肉を食べる人がいるという。ただし、犬肉を食べる習慣は、カンボジア人にとっては一般的なものではなく、隣国ベトナムから入ってきた比較的新しい食習慣で、食べないカンボジア人も多いと聞く。Kさんのおじさんは料理が得意で、そのおじさんによると、犬肉はココナツミルクで煮るとおいしいらしい。
さて、別の日、Kさんがまたおじさんと食事をしにいくことになった。その店で、Kさんはまた自分が知らない肉料理を出された。おじさんは
「これはウサギの肉だ。食べて見なさい」
と言った。これまたあとで知ったことだが、その肉は猫の肉だった。Kさんによると、犬肉は首都プノンペンでも食べられるが、猫の肉を出す店は地方に行かないとない。しかも、その肉が猫の肉だと客に知られると売れなくなるので、客に肉の正体がばれないように出すという。
「そのおじさんは10年くらい前に亡くなりましたが、おもしろい人でしたよ」
■来世はアメリカ人か日本人に生まれ変わりたい
取材で首都プノンペンから南へ約50キロのところにあるコンポンスプー州を訪れた。毎度のことながら、出発時点で明確な取材対象者は決まっていないため、漠然とした目的地に着いたらまずは対象者探しから始めなければならない。この点がおもしろくもあり、頭を悩ませるところでもある。
今回の取材対象者はクルークマエだ。クルークマエというのは、精神的なカウンセリング、伝統療法による病気の治療、護符の作成、悪霊退散などの呪い(まじない)などを司る人のことで、それぞれ得意分野を持っている。「悪霊退散」と書くと、ややオカルトじみていると感られるかもしれないが、カンボジアでは人間の生活に悪影響を及ぼすと考えられているさまざまな霊的存在が広く信じられており、それらの中には、日本の古典や絵巻物、昔話などに登場するものとそっくりなものもある。
今回インタビューしたのは悪霊退散をひとつの専門とするクルークマエで、パーリ語や仏法にも通じている。彼は田園の広がるコンポンスプー州の農村の一画にサトウヤシの葉で葺いた屋根の小さな建物を建て、そこで伝統療法に基づいた治療を施す施療院のようなものを営んでいる。
インタビューの最中に相手が発した言葉のなかで、今でもひっかかっているものがある。人間の行いについての話になったところで、そのクルークマエは冗談めかしてこう言った。
「私もいい行いをし、来世ではアメリカ人や日本人に生まれ変わりたいです。日本人は非常に賢く、すばらしい製品をたくさん生み出しているじゃないですか。私は前世での行いが悪かったせいか、現世では脳みそのよくないカンボジア人として生を受けましたからね」
今回の取材対象者はクルークマエだ。クルークマエというのは、精神的なカウンセリング、伝統療法による病気の治療、護符の作成、悪霊退散などの呪い(まじない)などを司る人のことで、それぞれ得意分野を持っている。「悪霊退散」と書くと、ややオカルトじみていると感られるかもしれないが、カンボジアでは人間の生活に悪影響を及ぼすと考えられているさまざまな霊的存在が広く信じられており、それらの中には、日本の古典や絵巻物、昔話などに登場するものとそっくりなものもある。
今回インタビューしたのは悪霊退散をひとつの専門とするクルークマエで、パーリ語や仏法にも通じている。彼は田園の広がるコンポンスプー州の農村の一画にサトウヤシの葉で葺いた屋根の小さな建物を建て、そこで伝統療法に基づいた治療を施す施療院のようなものを営んでいる。
インタビューの最中に相手が発した言葉のなかで、今でもひっかかっているものがある。人間の行いについての話になったところで、そのクルークマエは冗談めかしてこう言った。
「私もいい行いをし、来世ではアメリカ人や日本人に生まれ変わりたいです。日本人は非常に賢く、すばらしい製品をたくさん生み出しているじゃないですか。私は前世での行いが悪かったせいか、現世では脳みそのよくないカンボジア人として生を受けましたからね」
■上昇し続けるガソリン価格

▲首都プノンペンのガソリンスタンド(撮影:2008年6月5日)
原油高を受けて、カンボジアでもガソリン価格が上昇し続けている。写真が示すとおり、首都プノンペンでは2008年6月5日現在、レギュラー1リットルは5400リエル(約149円、1米ドル=110円=4000リエルとして算出)もする。カンボジアの経済を考えると、ガソリン価格がいかに市民の生活を圧迫しているかがわかる。今日、プノンペン市内のガソリンスタンドを見たら、そこではレギュラー1リットルが5500リエルだった。
ディーゼルの値上がりはガソリン以上に著しい。ついこの前まで1リットルあたり2000リエル代だったのに、今ではおよそ倍の5500リエル。ガソリンスタンドによってはガソリンよりディーゼルのほうが高いほどだ。ある人がこう嘆いていた。
「ディーゼルのほうが安いからディーゼル車を買ったのに、今じゃガソリンより高くなっちゃって困ってるよ」
■物乞いにお金をあげるか否か
仏教研究所の図書室で調べものをした帰り、近くの食堂でコーヒーを飲みながら一休みしていたときのこと。住宅地を回って刃物研ぎをすることで収入を得ている20歳くらいの男性が、食堂の客のところへ来て物乞いをし始めた。自分の苦境を訴え、食べるお金がないのでくださいと言う。男性が着ているTシャツとズボンは全体が黒くすすけたように汚れて、所々破れたり穴があいたりしている。
その場にいたのはカンボジア人が4人(うち2人は夫婦らしい)、自分を含む非カンボジア人が3人(うち2人は白人)だった。彼らが物乞いに対してどんな態度をとるのか気になったので観察してみた。
物乞いが最初に向かったのは若い白人男性のところだったが、あっさり断られた。続いて中年くらいのカンボジア人男性のところへ行くと、その男性は物乞いの男性に1000リエル札を一枚手渡した。2008年6月現在、プノンペンでは米1キロが2500リエルから4000リエル程度なので、1000リエルというのは安い米を400グラム買えるくらいの金額だ。
続いてバゲットのサンドウィッチを食べていた若いカンボジア人男性のところへお金を乞いにいくと、サンドウィッチを食べていた男性は100リエル札を1枚渡した。物乞いの男性は食堂のさらに奥へ入り、食事をしていた白人の女性に声をかけたが、その女性はまったく躊躇せずはっきりと断った。
さらに物乞いの男性は夫婦らしき二人組のところへ乞いに行ったところ、この二人組も500リエルを男性に渡した。
ストリートチルドレンや路上生活者に対する支援活動をする団体のスタッフ(非カンボジア人)のなかには、「自立の妨げになるから物乞いにお金や物を渡すのはやめるべきだ」と主張する人がおり、「開発」や「援助」の世界ではそういう考え方が主流になってきていると聞く。一方、カンボジア人は困っている人に対してお金や物を分けてあげる行為を「トヴーボン(善根を積む、徳を積む)」と言い、自分の今までの観察によると、手持ちの量や額に応じて分け与える人が多い。
この違いから学ぶべきことは何だろう。
その場にいたのはカンボジア人が4人(うち2人は夫婦らしい)、自分を含む非カンボジア人が3人(うち2人は白人)だった。彼らが物乞いに対してどんな態度をとるのか気になったので観察してみた。
物乞いが最初に向かったのは若い白人男性のところだったが、あっさり断られた。続いて中年くらいのカンボジア人男性のところへ行くと、その男性は物乞いの男性に1000リエル札を一枚手渡した。2008年6月現在、プノンペンでは米1キロが2500リエルから4000リエル程度なので、1000リエルというのは安い米を400グラム買えるくらいの金額だ。
続いてバゲットのサンドウィッチを食べていた若いカンボジア人男性のところへお金を乞いにいくと、サンドウィッチを食べていた男性は100リエル札を1枚渡した。物乞いの男性は食堂のさらに奥へ入り、食事をしていた白人の女性に声をかけたが、その女性はまったく躊躇せずはっきりと断った。
さらに物乞いの男性は夫婦らしき二人組のところへ乞いに行ったところ、この二人組も500リエルを男性に渡した。
ストリートチルドレンや路上生活者に対する支援活動をする団体のスタッフ(非カンボジア人)のなかには、「自立の妨げになるから物乞いにお金や物を渡すのはやめるべきだ」と主張する人がおり、「開発」や「援助」の世界ではそういう考え方が主流になってきていると聞く。一方、カンボジア人は困っている人に対してお金や物を分けてあげる行為を「トヴーボン(善根を積む、徳を積む)」と言い、自分の今までの観察によると、手持ちの量や額に応じて分け与える人が多い。
この違いから学ぶべきことは何だろう。
■「カンボジア語の名前は何ていうの?」
トーマダー5号の取材のため、カンダール州南部のコットム郡へ行ってきた。
コットム郡のバサック川沿いにあるコンポンソンブオ寺院裏にいた子ども達に話を聞いていたときのこと。子ども達の問いに対し、こちらが日本人だと告げると名前を聞かれた。
「まこと? 日本人の名前は呼びにくいんだね」
カンボジア人にとっては確かにそうかもしれない。でも、それはこちらにとっても同じことで、ある程度慣れるまで日本人にとってカンボジア人(に限った話ではないが)の名前は覚えにくく呼びにくいだろう。相手は9歳の子どもだが、そこを敢えて突っ込んでみた。
「えー、そんなことないよ。カンボジア人とイギリス人の名前は呼びやすいんだよ。タイ人と日本人のは呼びにくいけどね」
どうやらその子は英語を勉強しているようで、イギリス人(と彼女は言うが本当にイギリス人かどうかは不明)の名前にはある程度触れる機会があるらしい。ある国の国民の名前といってもさまざまだから、一概にどうとはいえないはずだが、まあ、相手は幼い子どもだ。それにしても、タイ人の名前は呼びにくいのに、イギリス人(?)の名前はそうではないというのは意外だった。単にその子が知っているイギリス人と思われる人の名前が短くて覚えやすいとか、そういう理由かもしれない。
話を戻そう。今度は女の子の隣にいた男の子が口を開いた。
「おじさん、カンボジアの名前は何ていうの?」
質問の意図がよくわからないのだが、どうやらこの子は自分の目の前にいる日本人にもカンボジア名があると思っているらしい。確かに自分にはあるカンボジア人につけてもらったカンボジア名があることはあるが、この子にそんな話はしていないし、大半の日本人はカンボジア名なんて持っていない。
「カンボジアの名前なんてないよ。君だって日本の名前なんて持ってないでしょ? それと同じだよ」
少年はなるほどという表情を浮かべたあと、こう続けた。
「じゃあ、タイの名前は?」
コットム郡のバサック川沿いにあるコンポンソンブオ寺院裏にいた子ども達に話を聞いていたときのこと。子ども達の問いに対し、こちらが日本人だと告げると名前を聞かれた。
「まこと? 日本人の名前は呼びにくいんだね」
カンボジア人にとっては確かにそうかもしれない。でも、それはこちらにとっても同じことで、ある程度慣れるまで日本人にとってカンボジア人(に限った話ではないが)の名前は覚えにくく呼びにくいだろう。相手は9歳の子どもだが、そこを敢えて突っ込んでみた。
「えー、そんなことないよ。カンボジア人とイギリス人の名前は呼びやすいんだよ。タイ人と日本人のは呼びにくいけどね」
どうやらその子は英語を勉強しているようで、イギリス人(と彼女は言うが本当にイギリス人かどうかは不明)の名前にはある程度触れる機会があるらしい。ある国の国民の名前といってもさまざまだから、一概にどうとはいえないはずだが、まあ、相手は幼い子どもだ。それにしても、タイ人の名前は呼びにくいのに、イギリス人(?)の名前はそうではないというのは意外だった。単にその子が知っているイギリス人と思われる人の名前が短くて覚えやすいとか、そういう理由かもしれない。
話を戻そう。今度は女の子の隣にいた男の子が口を開いた。
「おじさん、カンボジアの名前は何ていうの?」
質問の意図がよくわからないのだが、どうやらこの子は自分の目の前にいる日本人にもカンボジア名があると思っているらしい。確かに自分にはあるカンボジア人につけてもらったカンボジア名があることはあるが、この子にそんな話はしていないし、大半の日本人はカンボジア名なんて持っていない。
「カンボジアの名前なんてないよ。君だって日本の名前なんて持ってないでしょ? それと同じだよ」
少年はなるほどという表情を浮かべたあと、こう続けた。
「じゃあ、タイの名前は?」
■カンダール州の村で選挙演説を聞く

▲候補者の演説を聞き終えて帰宅する人々
取材のため、プノンペンの南に位置するカンダール州のコットムへ向かう最中のこと。国道沿いの村でノロドムラナリット党の候補者が選挙演説をしていた。カンボジアでは来月の7月下旬に総選挙が行われることになっている。
カンボジアで選挙演説を直接聞いたことがなかったため、村の人たちに混ざって候補者がどんなことを訴えているのか聞いてみることにした。候補者は木造高床住居に囲まれ、ココヤシやバナナの生えた緑豊かな個人宅の庭先でマイクを片手に主張を叫ぶ。村人たちは地面に敷かれた青いビニルシートに座ったり、床下の縁台に腰を下ろしたりして、候補者の話を聞いている。
演説に耳を傾けたのは途中からであったが、内容は隣国ベトナムやタイとの間で抱えている領土問題、ここ最近甚だしいガソリン価格とさまざまな物価の上昇、支持政党の違いによって引き起こされる人間関係の悪化、失業率などだった。
聞いていて印象深かったのが、野党の候補者とはいえ、隣国タイやベトナムをあからさまに敵視する発言を繰り返していたこと、与党の人民党を名指しで批判していたこと、それに加えて具体的な政策を何一つ掲げず、候補者が考えるカンボジアの問題点をすべて解決すると言い切ったことだった。
演説が終わったあと、支持者らしき人物たちが、車から段ボール箱に入った荷物を担いできて、村人たちに説明し始めた。こちらの問いに対し、隣に座っていた高年の男性が口を開く。
「(あれは)味の素と薬だよ。私たちにくれるんだよ」








