薔薇 現在の閲覧者数: トーマダー 20080129

トーマダー

「トーマダー」とはカンボジア語で「ふつうの、ありふれた」を意味することばです。「ふつう」で「ありふれた」カンボジアを通して、今まで語られることのなかったこの国の多様な表情を伝えていきたいと思います。

■あの時代には平等があった

タケオ州出身のあるカンボジア人(40代)の言葉。仮にその彼をPとする。Pはポルポト時代、まだ子どもだったため、あの時代は「家族と引き離された辛さ」は強く感じたが、政治的、歴史的な意味は理解できなかった。そのPに、ある日本人が聞いた。
「ポルポトはどんな人間だったと思うか」
Pはこう答えた。
「ポルポト時代が終わって大きくなってから、自分なりに歴史を勉強してポルポト時代を整理してみた結果、ポルポトはいい人間だったという結論に達した。なぜなら、あの時代には平等があり、それをもたらしたのがポルポトだからだ」
都市住民と農村で生活する農民との大きな距離を縮め、そこに平等をもたらそうとしたポルポトは「いい」人間だったというのがPの考えだ。このPも失われていく命を目にしたし、十分に食べられない辛さも味わっている。

ポルポト時代について書かれた体験記や書物、映像などは、おもに都市住民側からの視点で描かれたもので、それらと比べるとあの時代以前から農村で暮らしていた農民、旧住民と呼ばれた人々の言葉はごく少数ではないだろうか。ポルポト時代とは何だったのかを語ろうとするとき、このもう一方の視点を欠いてしまっては大きな何かを見落としてしまうのではないかと思う。その大きな何かは巨大で静かなひずみとなって現在のカンボジアにもひしひしと襲いかかっている気がする。

Pの口から発せられたような言葉を聞くたび、カンボジアの農村に住む人々、カンボジア人の大半を占める農民とプノンペンという都市で生きる自分との間に峰のようにそびえる壁の高さを感じずにはいられない。加えて、この種の壁は世界の至るところで見えない障壁となり、弱き人々を苦しめているのではないかと思えてならない。こんなことを考えていると、目の前に広がるプノンペンの闇のなかに奇妙な深さを感じてしまう。

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