路上で売られている「ガソリン」の安さに潜む謎に少しでも迫るため、首都プノンペンの路上でガソリンを売る人たちに話を聞いた。カンボジアでは瓶にガソリンを入れたものが路上で売られており、プノンペンの場合、1リットル当たりの価格はガソリンスタンドのものと比べると500リエルから700リエル(約14円から19円)ほど安い。
カンボジアの例外であるプノンペンと、カンボジアの大部分を占める農村部とでは事情が大きく異なるとは思うが、それでも一つの具体例を示すことで何かしらのきっかけにしたいという思いで人々の声を聞いてみることにした。
数人に話を聞いたなかで、自分の生きる世界にうごめく矛盾となんとか対峙していこうとする姿勢の女性(27歳)と出会った。こちらの質問に答えてくれた後、日本人であるあなたに質問したいと言って女性は次のように言った。
「あなたは日本人ですよね。日本は経済が発展していてカンボジアのように貧しくはないと聞きました。なぜ、カンボジアと日本はこうも違うのですか?」
かなり難しい質問なのだが、女性の目は真剣で、自分の前に立ちはだかる避けられない矛盾はいったい何に由来するものなのか、それをなんとかして突き止めてみたいという意思が伝わってくる。自分の考えうる限り、いくつかそれらしい答えを述べてみる。うなずき、こちらの考えを受け入れた後、女性は落ち着いた口調で農村の暮らしの厳しさやカンボジア社会が抱える問題、労働環境などについて話し始めた。
「地方には農業以外の仕事がほとんどないので、支出が収入を上回ることがよくあるんです。そういう場合、土地を担保にしてお金を借り、なんとかその場をしのごうとするのですが、収入が不足しているため結局返済することができず、借金を返済するために他の人からさらに借金をしてしまう。この悪循環で結局土地を手放すことになってしまうんです。
仕事を求めてプノンペンに来ても、プノンペンで働いている親戚や兄弟、コネなどがないと、プノンペンの事情や地理に不案内なこともあって、仕事を見つけるのはとても難しいんです。職探しのために必要なお金を人から借りてプノンペンにやって来ても、結局仕事が見つからず、借金だけが残ることもあります。加えて、プノンペンには『職を紹介する』といって近づいてくる詐欺師が多いんです。『○○ドル払えばいい仕事を紹介する』と話を持ちかけてくるのですが、お金だけとって仕事は紹介せず、逃げてしまいます。
親戚や知人などがプノンペンにいても、仕事を紹介してもらうとなると、紹介料を取られることがあるんです。例えば『月給200ドルの仕事を紹介するから50ドル払って』といった具合です。私たちの国の国民は品行がとても悪いと思います。
なんとか、縫製工場などの仕事に就くことができたとしても、長時間労働の割に月給は少なく、しかも一定していません。仕事の少ないときは給料が安く、月に30ドルとか40ドルくらい。仕事が多いときは残業代が入るので金額は上がりますが、朝早くから夜遅く、10時とか11時まで働かされる日が続くことがあるため、体を壊してしまう人が少なくありません。私も前、縫製工場で働いていたのですが、体を壊して辞めました。
政府の人間も汚職に走るだけで、国民に職を与えるような仕事をしていません。祖母から聞いた話ですが、カンボジアでも昔は政府で働いている人間の月給で5人の子どもを養うことができたそうです。でも今は違います」
■ガソリン売りが語るカンボジア社会、農村の暮らし
■「(食べても)いいよ」
夜出かけた帰り、最近の果物不足を考慮して、市場で果物を買って帰ることにした。8時40分を回っていたため、営業している果物売場の数は少なかったが、まだ閉まっていないところでポーサットオレンジとマンゴスチンを買うことにした。
果物の女王と形容されることのあるマンゴスチンは1キロ3500リエル(約105円)、甘酸っぱさが魅力の果物で、今回買ったのはカンボジア産ではなくタイ産だ。一方、ポーサットオレンジは1キロ4000リエル(約120円)で、最近買った絞り器でオレンジジュースにして楽しむ予定。
さて、傷んでいるものを避けるため、同行者がマンゴスチンを注意深く選んでいたところ、親指がマンゴスチンの皮に「ぐにゃり」とめり込んでしまった。それを見た売り子の女性が言う。
「あらら、親指がマンゴスチンとくっついちまったねえ、はっはっはっは!」
この一言を聞いた僕たちも売り子に併せて
「わっはっはっは!」
加えて、マンゴスチンを選んでいた同行者が
「(このマンゴスチン)食べちゃおう、いいですか?」
と売り子に聞くと二つ返事で
「いいわよ」
と来る。
カンボジアに「やられて」しまった人たちの中には、この緩い空気感にどっぷりと浸かっている人が少なくないような気がする。逆にこの空気感に対していらだちを感じるような人は、反対の意味でカンボジアに「やられて」しまうんじゃないだろうか。
果物の女王と形容されることのあるマンゴスチンは1キロ3500リエル(約105円)、甘酸っぱさが魅力の果物で、今回買ったのはカンボジア産ではなくタイ産だ。一方、ポーサットオレンジは1キロ4000リエル(約120円)で、最近買った絞り器でオレンジジュースにして楽しむ予定。
さて、傷んでいるものを避けるため、同行者がマンゴスチンを注意深く選んでいたところ、親指がマンゴスチンの皮に「ぐにゃり」とめり込んでしまった。それを見た売り子の女性が言う。
「あらら、親指がマンゴスチンとくっついちまったねえ、はっはっはっは!」
この一言を聞いた僕たちも売り子に併せて
「わっはっはっは!」
加えて、マンゴスチンを選んでいた同行者が
「(このマンゴスチン)食べちゃおう、いいですか?」
と売り子に聞くと二つ返事で
「いいわよ」
と来る。
カンボジアに「やられて」しまった人たちの中には、この緩い空気感にどっぷりと浸かっている人が少なくないような気がする。逆にこの空気感に対していらだちを感じるような人は、反対の意味でカンボジアに「やられて」しまうんじゃないだろうか。
■ウソか誠か、単に計算できないだけか?
自転車に乗って移動していたところ、「パンッ!!!」という勢いのいい音を出して運悪くパンクしてしまったので、路上のパンク修理屋で直してもらうことにした。音から察するに、チューブが破裂したのだろう。近くにいたカンボジア人たちはくすくすと笑いながら
「タイヤが破裂した!」
と言う。念のため修理屋に確認してみたが、パンク修理では対応できないほどの立派な穴が空いている。修理屋も
「こりゃあ、チューブを交換するしかないよ」
という。しかたがないのでチューブ交換を依頼した。いくらかかるかと尋ねると、1万リエルだという。ちょっと高い。バイクのチューブの新品が8000リエルで交換できるのに、それより小さい自転車のチューブがなぜ高いのか。抗議するがあまり受け付けてもらえない。
「これはシアム(※)製のチューブで品質がいいから高いんだ」
修理屋の男がいう。聞き飽きた台詞に再度抗議し、9000リエルにしてもらう。1000リエルは日本円にしたら30円ぽっち(1米ドル=120円として計算)だが、これは数字(金額)の問題というより姿勢の問題である。抗議しなければ気が済まない。
修理の料金に折り合いがつき、さて修理という段階になって少年がチューブを買いに行くという。ストックがないらしく、近くの市場にいって買って来なければならないらしい。男によると「仕入れ値」は8000リエル、仕入れに行くのにモトドップ(バイクタクシー)に乗って市場と修理場との間を往復し、モトドップに1500リエル支払っていた。
「チューブ代は1万リエルなので自分の利益は1000リエルしかない」
と男が言うが、それならモトドップ代(1500リエル)を差し引くと損していることになるじゃないか。帰ってきた男が修理に取りかかり、数分でチューブ交換を終えたところ、今度はタイヤに大きな傷があることが判明し、タイヤも交換しなければならなくなる。
「タイヤを交換したらいくらかかる?」
男に聞くと、まずはタイヤの値段を確認しなければならないという。通常の修理屋ではスペアのチューブやタイヤを用意しているものだが、ここでは両方とも切らしてしまったのか、それとも用意していなかったのか、ともかく両方ともないらしい。男がまたモトドップに乗って市場へ行く。また往復1500リエルを支払って。
帰ってきた男にタイヤの値段を聞くと、値段を告げたあと、またこう言う。
「自分は1000リエルしかとらない」
だからさ、本当にあなたの取り分が1000リエルしかないとすると、モトドップ代が1500リエルかかっているんだから、あなたが損することになるじゃないか。それをわかって言ってるのかい?
※カンボジア人が一般的に使うタイ(またはタイ人)の蔑称
「タイヤが破裂した!」
と言う。念のため修理屋に確認してみたが、パンク修理では対応できないほどの立派な穴が空いている。修理屋も
「こりゃあ、チューブを交換するしかないよ」
という。しかたがないのでチューブ交換を依頼した。いくらかかるかと尋ねると、1万リエルだという。ちょっと高い。バイクのチューブの新品が8000リエルで交換できるのに、それより小さい自転車のチューブがなぜ高いのか。抗議するがあまり受け付けてもらえない。
「これはシアム(※)製のチューブで品質がいいから高いんだ」
修理屋の男がいう。聞き飽きた台詞に再度抗議し、9000リエルにしてもらう。1000リエルは日本円にしたら30円ぽっち(1米ドル=120円として計算)だが、これは数字(金額)の問題というより姿勢の問題である。抗議しなければ気が済まない。
修理の料金に折り合いがつき、さて修理という段階になって少年がチューブを買いに行くという。ストックがないらしく、近くの市場にいって買って来なければならないらしい。男によると「仕入れ値」は8000リエル、仕入れに行くのにモトドップ(バイクタクシー)に乗って市場と修理場との間を往復し、モトドップに1500リエル支払っていた。
「チューブ代は1万リエルなので自分の利益は1000リエルしかない」
と男が言うが、それならモトドップ代(1500リエル)を差し引くと損していることになるじゃないか。帰ってきた男が修理に取りかかり、数分でチューブ交換を終えたところ、今度はタイヤに大きな傷があることが判明し、タイヤも交換しなければならなくなる。
「タイヤを交換したらいくらかかる?」
男に聞くと、まずはタイヤの値段を確認しなければならないという。通常の修理屋ではスペアのチューブやタイヤを用意しているものだが、ここでは両方とも切らしてしまったのか、それとも用意していなかったのか、ともかく両方ともないらしい。男がまたモトドップに乗って市場へ行く。また往復1500リエルを支払って。
帰ってきた男にタイヤの値段を聞くと、値段を告げたあと、またこう言う。
「自分は1000リエルしかとらない」
だからさ、本当にあなたの取り分が1000リエルしかないとすると、モトドップ代が1500リエルかかっているんだから、あなたが損することになるじゃないか。それをわかって言ってるのかい?
※カンボジア人が一般的に使うタイ(またはタイ人)の蔑称
■チャームの墓

シェムリアップ州にあるチャームの村の墓地。チャームはかつてベトナム中部に興ったチャンパ王国の住民の末裔で、現在、カンボジアで暮らすチャームの人々はイスラム教を信仰している。村にはモスク(イスラム教の礼拝所)が建設され、その裏に立つ学校では、クルアーン(コーラン)の教えを学ぶ子ども達の声が響いていた。少女は頭にスカーフを巻き、少年たちはイスラム世界でよく見る帽子をかぶっている。また、墓標はクメール文字とともにアラビア文字でも記されている。
■子を育て、生きていくために
闘鶏を取材するため、カンボジア南東部のプレイベーン州へ行ってきた。首都プノンペンからプレイベーンまでは約90キロ。国道1号線をベトナム国境の方へ向かって進み、カンダール州とプレイベーン州の間を流れるメコン川をフェリーで渡ってから国道11号線をしばらく進むとプレイベーン州の州都プレイベーンに着く。

▲ネアックルアンのフェリーに乗ってメコン川を渡る人々
国道11号線はフェリー乗り場のあるネアックルアンとコンポンチャーム州を結ぶ道で、西側には道路と平行するようにメコン川が流れ、右側は延々とした田園が続く。田園の遠く先にはバープノンの丘が緩やかな盛り上がりを見せる。バープノンは5世紀頃に建造されたと言われている遺構が残るところで、ここがカンボジア発祥の地だと考える研究者がいる。

▲プレイベーンの町の西側は雨季になるとメコン川の増水によって水没し、広大な湖のようになる。
さて、プレイベーンの町に着き、まずは宿を探すことにした。以前、あるNGOの活動に同行させてもらった際、町の中心部に建つある小さなホテルに滞在したのだが、また同じところというのもおもしろくない。旅行ガイドブックのLonely Planetを開くと、ひとつ自分好みの立地のゲストハウスが掲載されていた。地図が載っていないので明確な場所はわからないが、紹介文からだいたいの位置はわかるので、手探りでそこへ向かう。
なんとか目指す宿に着いた。空き部屋の有無と宿泊料を聞くと1泊5ドル。一人でバイクに乗って来たのに、
「一人で寝るのか?」
と聞かれる。ずいぶん不自然な質問に困惑したが、しばらくしてその疑問は少しずつ氷解していった。受付ではコンドームが売られ、そのそばには「コンドームを正しく使いましょう」という啓蒙ポスターとともに下着姿の白人女性のポスターが貼られている。部屋の作りはカンボジアの地方でよく見かける安宿のそれだが、室内にあったテレビ台の引き出しを開けるとコンドームの空き袋が二つ入っていた。室内に貼られているゲストハウスの規則も、疑問の氷解を手伝った。カンボジアのゲストハウスには部屋にゲストハウスの規則が貼られていることがあるが、そこには
「危険物を持ち込まないでください」
「チェックアウトは■時です」
「大声で騒いだりしてほかのお客様に迷惑をかけないでください」
といった規則のほかに、
「性産業で働く女性を室内に入れないでください」
という文がよく書かれている。だが、このゲストハウスの規則にはその一文がなく、代わりに
「女性と一緒に宿泊するお客様は、ご自分で貴重品の管理をしてください」
とある。なるほど、どんな宿なのかだいたい察しはついた。だが、疲れていたので面倒になり、とりあえずここに泊まることにした。
よく朝、宿の女主人にひとつの質問をぶつけてみた。結婚前の男女が寝床をともにすることは、カンボジアの伝統的な価値観にそぐわないと聞く。プノンペンでは事情が変わってきているようだが、ここは地方都市プレイベーンである。前述の一文はどんな意味を持つのだろうか。「結婚前の男女が一緒に寝ることはカンボジアの伝統的な価値観に反することだが、婚約の儀式を終えた男女は夫婦と同じだと見なされる」と言ったあとで、女主人はこう続けた。
「このゲストハウスには確かに女性を連れて宿泊しにくる男性客がいます。そういった、男性と一緒に来る女性たちのなかには、夫からの暴力に耐えきれなくなって離婚した子持ちの女性がいるんです。性産業で働く女性ではありませんよ。彼女たちは、子どもを育てるために妻帯者の愛人となって生活費を得ているんです。ただし、複数の男の愛人になっているわけではありません。相手となる男の人は一人だけです。もちろん、そういった人たちばかりではなく、結婚した男女が泊まりにくることもありますし、最近はまだ婚約の儀式を済ませていないのに、愛し合っているからといって泊まりにくる若い男女もいます」

▲ネアックルアンのフェリーに乗ってメコン川を渡る人々
国道11号線はフェリー乗り場のあるネアックルアンとコンポンチャーム州を結ぶ道で、西側には道路と平行するようにメコン川が流れ、右側は延々とした田園が続く。田園の遠く先にはバープノンの丘が緩やかな盛り上がりを見せる。バープノンは5世紀頃に建造されたと言われている遺構が残るところで、ここがカンボジア発祥の地だと考える研究者がいる。

▲プレイベーンの町の西側は雨季になるとメコン川の増水によって水没し、広大な湖のようになる。
さて、プレイベーンの町に着き、まずは宿を探すことにした。以前、あるNGOの活動に同行させてもらった際、町の中心部に建つある小さなホテルに滞在したのだが、また同じところというのもおもしろくない。旅行ガイドブックのLonely Planetを開くと、ひとつ自分好みの立地のゲストハウスが掲載されていた。地図が載っていないので明確な場所はわからないが、紹介文からだいたいの位置はわかるので、手探りでそこへ向かう。
なんとか目指す宿に着いた。空き部屋の有無と宿泊料を聞くと1泊5ドル。一人でバイクに乗って来たのに、
「一人で寝るのか?」
と聞かれる。ずいぶん不自然な質問に困惑したが、しばらくしてその疑問は少しずつ氷解していった。受付ではコンドームが売られ、そのそばには「コンドームを正しく使いましょう」という啓蒙ポスターとともに下着姿の白人女性のポスターが貼られている。部屋の作りはカンボジアの地方でよく見かける安宿のそれだが、室内にあったテレビ台の引き出しを開けるとコンドームの空き袋が二つ入っていた。室内に貼られているゲストハウスの規則も、疑問の氷解を手伝った。カンボジアのゲストハウスには部屋にゲストハウスの規則が貼られていることがあるが、そこには
「危険物を持ち込まないでください」
「チェックアウトは■時です」
「大声で騒いだりしてほかのお客様に迷惑をかけないでください」
といった規則のほかに、
「性産業で働く女性を室内に入れないでください」
という文がよく書かれている。だが、このゲストハウスの規則にはその一文がなく、代わりに
「女性と一緒に宿泊するお客様は、ご自分で貴重品の管理をしてください」
とある。なるほど、どんな宿なのかだいたい察しはついた。だが、疲れていたので面倒になり、とりあえずここに泊まることにした。
よく朝、宿の女主人にひとつの質問をぶつけてみた。結婚前の男女が寝床をともにすることは、カンボジアの伝統的な価値観にそぐわないと聞く。プノンペンでは事情が変わってきているようだが、ここは地方都市プレイベーンである。前述の一文はどんな意味を持つのだろうか。「結婚前の男女が一緒に寝ることはカンボジアの伝統的な価値観に反することだが、婚約の儀式を終えた男女は夫婦と同じだと見なされる」と言ったあとで、女主人はこう続けた。
「このゲストハウスには確かに女性を連れて宿泊しにくる男性客がいます。そういった、男性と一緒に来る女性たちのなかには、夫からの暴力に耐えきれなくなって離婚した子持ちの女性がいるんです。性産業で働く女性ではありませんよ。彼女たちは、子どもを育てるために妻帯者の愛人となって生活費を得ているんです。ただし、複数の男の愛人になっているわけではありません。相手となる男の人は一人だけです。もちろん、そういった人たちばかりではなく、結婚した男女が泊まりにくることもありますし、最近はまだ婚約の儀式を済ませていないのに、愛し合っているからといって泊まりにくる若い男女もいます」
■ゆとりのある心
知人とカンボジア南部のカンポート州を訪れたときのこと。
カンポート州の州都カンポートは、カンボジアのなかでもフランス植民地時代の建造物が多く残る地域として知られている。相談した結果、のんびりと町中を歩きながら、植民地時代の遺産を訪ね歩き、町並みを写真で記録することにした。

▲州都カンポートに建つ住宅
ぐるぐると一通り歩き回り、それじゃあ今度は市場へ行ってみよう、という話にまとまったときのこと。ちょうど市場の方向から年老いた女性を乗せたバイクがやって来た。運転しているのは中年の男性で、見たところモトドップ(バイクタクシー)のよう。なんとなく視界に入ったそのバイクを目で追っていると、未舗装の道路が交差するところでバスンという小さな音とともにバイクは停止した。
「ガソリンがなくなっちゃったよ。はっはっは!」
真っ青な空のもとで運転手の陽気な声が響く。ガス欠ではっはっは! 現実的には難しい面もあるが、ガソリンが切れてもはっはっは! と軽く笑い飛ばせるくらいの精神的なゆとりを常に持ち続けていたいと思った。
「ガソリンがなくなっちゃったよ。はっはっは!」
さりげなくもう一度、唱えてみる。たいていのことは許せそうな気がしてくる。
カンポート州の州都カンポートは、カンボジアのなかでもフランス植民地時代の建造物が多く残る地域として知られている。相談した結果、のんびりと町中を歩きながら、植民地時代の遺産を訪ね歩き、町並みを写真で記録することにした。

▲州都カンポートに建つ住宅
ぐるぐると一通り歩き回り、それじゃあ今度は市場へ行ってみよう、という話にまとまったときのこと。ちょうど市場の方向から年老いた女性を乗せたバイクがやって来た。運転しているのは中年の男性で、見たところモトドップ(バイクタクシー)のよう。なんとなく視界に入ったそのバイクを目で追っていると、未舗装の道路が交差するところでバスンという小さな音とともにバイクは停止した。
「ガソリンがなくなっちゃったよ。はっはっは!」
真っ青な空のもとで運転手の陽気な声が響く。ガス欠ではっはっは! 現実的には難しい面もあるが、ガソリンが切れてもはっはっは! と軽く笑い飛ばせるくらいの精神的なゆとりを常に持ち続けていたいと思った。
「ガソリンがなくなっちゃったよ。はっはっは!」
さりげなくもう一度、唱えてみる。たいていのことは許せそうな気がしてくる。







