用があって家に来た知人のカンボジア人が言った。
「ボクシングの試合、(この家の)テレビで見れる?」
知らなかったが、彼はキックボクシング観戦が好きらしい。この日の夕方、TV5で国際試合が中継されていた。残り2試合しか見ることができなかったが、カンボジア人のボクサーがオランダ人のボクサーと戦い、2選手とも勝利を治めた。
最初の選手はオランダ人に攻められ続け、このままリングに沈むかと思われたところ、体勢を整えて挽回し、逆転勝利。知人と一緒に
「おー! 勝った勝った!!」
とカンボジア人選手の勝利を喜んだ。その瞬間、ふと思った。自分はカンボジア人ではないし、オランダに対して負の感情を抱いているわけでもない。それなのに、なぜこうもカンボジア人の勝利を喜ぶのだろう?
理由のひとつは、カンボジア国内におけるスポーツの状況にある。カンボジアには他国と張り合えるスポーツがほとんどない。唯一強さで誇れるとしたら、それはキックボクシングぐらいだろうとカンボジア人は言う。キックボクシングがスポーツかどうかは別として、そのキックボクシングで見事相手をダウンさせたのだ。キックボクサーを取り巻く環境を垣間見た経験も、自分の感情をカンボジア側に押し出す一因となっている。
だが、それよりも大きな理由は、カンボジアで暮らしているうちに、自分のなかに一種の擬似的なナショナリズムに近い意識が芽生えてきたからだと思う。
カンボジアに住んでもうすぐ3年という時間が過ぎようとしている。「光陰矢の如し」というが、滞在経験が与えた影響を考えると、3年という時間は自分にとってそれなりの長さを持つものだったと言える。
■擬似的なナショナリズム?
■「豊かさ」の陰に隠れたもの
夕食の買いものをしに、近所の市場へ行った。考えた献立に沿って一通りの買い物を済ませた後、明朝に食べる果物を買うことにした。
最近、果物売場でよく見かけるようになってきたのは釈迦頭(カンボジア語で「ティアプ」)だ。ザボンもぼちぼち並ぶようになってきたが、この日は釈迦頭を選んだ。
市場で食材を買うとき、産地と食卓との関係を把握するため、なるべく売り子の人にどこから仕入れてきたのか聞くことにしている。この日買った釈迦頭は、売り子によるとカンボジア東部のコンポンチャーム州から仕入れたものだという。だが、同じく買いに来ていた男性は、トンレサープ湖畔のコンポンチュナン州のものだという。
カンボジアの市場に並ぶ豊富な食材を見て、「カンボジアは豊かな国だ」と言う人がいる。かつての自分もそう思っていた。色とりどりの食材は、この国の豊かさを示す一つの指標だと。だが、そういった食材が示す別の側面があることを知った。
プノンペン市内の市場に並ぶ野菜は、その多くが隣国のベトナムやタイで栽培されたものだ。カンボジアの気候と地力が育んだものだと信じていた色彩豊かな果物も、ベトナム産やタイ産のものがほとんどで、国産品にお目にかかる機会は少ない。
ひとつの理由は、国産品の生産量の少なさにある。カンボジアの農業はタイやベトナムと比べると労働集約的ではなく、天水に頼っているため、生産高が低くベトナム産やタイ産のものと比べると高い。化学肥料や農薬、機械化率なども関係している。そのため、地方では栽培されていても、プノンペンまで届く数は少ないという。
ベトナムと国境を接するスバイリエン州や、タイと国境を接するバンテアイミエンチャイ州へ行くと、カンボジアがどれだけ両国から野菜や果物を輸入しているかを自分の目で確認することができる。トラックやリヤカーに積まれて国境を渡ってくる食材は、この国の農業事情を端的に物語っている。
話を戻そう。売り子の言う通り、買った釈迦頭がコンポンチュナンから来たものなら国産品の可能性は高いが、タイ国境へと続く国道5号線が通るコンポンチュナン州から仕入れられたものだとすると、タイ産の可能性がある。1キロ3500リエルという値段が輸入品である確率を低めているが、果たして真実はどうか。自分の舌では、国産品と輸入品を見分けることは甚だ困難だ。
最近、果物売場でよく見かけるようになってきたのは釈迦頭(カンボジア語で「ティアプ」)だ。ザボンもぼちぼち並ぶようになってきたが、この日は釈迦頭を選んだ。
市場で食材を買うとき、産地と食卓との関係を把握するため、なるべく売り子の人にどこから仕入れてきたのか聞くことにしている。この日買った釈迦頭は、売り子によるとカンボジア東部のコンポンチャーム州から仕入れたものだという。だが、同じく買いに来ていた男性は、トンレサープ湖畔のコンポンチュナン州のものだという。
カンボジアの市場に並ぶ豊富な食材を見て、「カンボジアは豊かな国だ」と言う人がいる。かつての自分もそう思っていた。色とりどりの食材は、この国の豊かさを示す一つの指標だと。だが、そういった食材が示す別の側面があることを知った。
プノンペン市内の市場に並ぶ野菜は、その多くが隣国のベトナムやタイで栽培されたものだ。カンボジアの気候と地力が育んだものだと信じていた色彩豊かな果物も、ベトナム産やタイ産のものがほとんどで、国産品にお目にかかる機会は少ない。
ひとつの理由は、国産品の生産量の少なさにある。カンボジアの農業はタイやベトナムと比べると労働集約的ではなく、天水に頼っているため、生産高が低くベトナム産やタイ産のものと比べると高い。化学肥料や農薬、機械化率なども関係している。そのため、地方では栽培されていても、プノンペンまで届く数は少ないという。
ベトナムと国境を接するスバイリエン州や、タイと国境を接するバンテアイミエンチャイ州へ行くと、カンボジアがどれだけ両国から野菜や果物を輸入しているかを自分の目で確認することができる。トラックやリヤカーに積まれて国境を渡ってくる食材は、この国の農業事情を端的に物語っている。
話を戻そう。売り子の言う通り、買った釈迦頭がコンポンチュナンから来たものなら国産品の可能性は高いが、タイ国境へと続く国道5号線が通るコンポンチュナン州から仕入れられたものだとすると、タイ産の可能性がある。1キロ3500リエルという値段が輸入品である確率を低めているが、果たして真実はどうか。自分の舌では、国産品と輸入品を見分けることは甚だ困難だ。




