トーマダー

「トーマダー」とはカンボジア語で「ふつうの、ありふれた」を意味することばです。「ふつう」で「ありふれた」カンボジアを通して、今まで語られることのなかったこの国の多様な表情を伝えていきたいと思います。

トーマダー6号表紙

遺跡以外のカンボジアを旅する本
「トーマダー」第5号
2008年9月25日発行予定!

〔内容〕
■人々の命を繋ぐ森と
 ハチミツ採取
■樹上に巣を作る
 アリを食べる話
■虫歯を防ぐ嗜好品
 キンマとビンロウジ
■悪霊や災厄を遠ざける
 クメールの案山子ティンモーン
ほか

 詳しくはこちら



Ads by Google

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

■カンボジアの麺ヌムバンチョック売り

プノンペン市内、ヌムバンチョック売り

天秤棒を担ぎながらカンボジアの麺料理であるヌムバンチョックを売り歩く女性。ヌムバンチョックは米粉を練り、しばらく寝かしてからところてんのように押し出して熱湯で茹でた麺で、一般にソムローと呼ばれるスープと一緒に食べる。好みに応じてトロユーンチェーク(バナナの苞)、ソンダエククオ(長いササゲ、ジュウロクササゲか?)プルウコンカエプ(葉はミツバと似ていて、茎は空芯菜のように中空になっている植物)、モヤシ、キュウリ、スイレンの茎などが加えて食べる。唐辛子や塩、化学調味料を付け加えて好きな味に仕立て上げる人も多い。

ソムローは、ルムデーン(ショウガ科の植物)の根茎、レモングラス、ショウガ、クチャーイ(ショウガ科の植物)の根茎、トウガラシ、ニンニク、ウコン、コブミカンの葉といったさまざまな香辛料を搗いて混ぜ合わせた「クルウン」をもとにしている。クルウンの材料となる香辛料の組み合わせは、作ったクルウンをどんな料理に用いるかによって変わってくる。クルウンを使った料理は、一般に料理名にクルウンを冠している(ソムロームチュークルウン、チャークルウンなど)。
香辛料を多用する南アジアや南西アジアの料理を指して「薬食同源」と表現されることがあるが、クルウンを使ったカンボジアの料理も薬食同源と言えそうだ。カンボジアはインド文化の影響を強く受けていると言われるが、香辛料を搗いて混ぜ合わせる調理方法や手で食べることを含む食事作法からもインドの影響が感じられる。

ヌムバンチョックは、きちんとした食事というより間食やおやつに近い食べ物のようで、休日の朝や午後の中途半端な時間帯にお腹が空いたとき、食事を用意するのが面倒だからという理由で、行商人からヌムバンチョックを買って食べる人がいる。プノンペン市内の市場にある軽食売り場にはたいていどこにもヌムバンチョックがあり、数年前と比べると値上がりはしたが手頃な値段(1杯2000リエルから4000リエル程度)で楽しめる。間食やおやつに近いという感覚のためか、カンボジア料理を扱うレストランのメニューのなかでヌムバンチョックを見かけることはまれである(カンボジアの田舎料理を売りにしている「Romdeng(ルムデーン)」にはあった)。

ヌムバンチョックには地方色があるようで、シェムリアップ州(おもにバンテアイスレイ郡周辺か)ではタックプアエム(「甘い水」の意)という甘みのあるタレを加えて食べる。また、カンボジア南部のカンポート州を発祥地とするヌムバンチョック(ヌムバンチョックカンポート)もあり、ソムローではなく魚醤、水、砂糖、酢、ニンニク、シャロットのタレで食べる。

写真の女性は農閑期になるとプノンペンに出てきてヌムバンチョックを売り歩き、農繁期になったら故郷に戻って農業に従事するという。


テーマ:カンボジア - ジャンル:海外情報

■新しい動画「2009年クメール正月」をアップ

今年の4月に撮影したクメール正月の映像をざっと編集して公開した。このブログの上左のリンクから見られるようになっている。もともとはレーンサイの優れたプレーヤーたちの映像だけを公開するつもりだったが、クメール正月の映像と絡めて使うことにした。

近いうち、ツムギアリ採集の様子を撮った映像も公開する予定。


テーマ:カンボジア - ジャンル:海外情報

■賃貸物件を探す日々

ある人が賃貸物件を探しているというので、その手伝いをしている。その人はカンボジアの木造住宅が好きで、田舎での暮らしも考えているほど。自分も木造高床住居の賃貸物件を探していたことがあるので、物件探しはなかなかおもしろい。

プノンペン市内の木造住宅は立て替えや増改築が進み、状態のいい木造住宅はあまり残っていない。その少ない木造住宅のなかから賃貸物件を探さなけばならない。ただ、木造にこだわっているわけではなく、条件にあった物件なら木造でなくても構わない。
最初に見つけた物件は、外周道路の外側、ミエンチェイ区に位置する一戸建て。一階に大家さんが住んでおり、二階を貸し出している。間取りは2K(シャワー、トイレつき)で小さなベランダが付属する。2Kといっても台所はかなり小さい。道路を挟んで家の向かいに小さなマンゴー園があり、ベランダから眺めることができる。市内中心部からさほど離れていないが、田舎暮らしの気分が味わえる物件だ。外階段があるので、出入りの際に大家さんを気にしなくていい。駐輪スペースもあり、家もまだ新しい感じ。家賃は100ドル。ただし木造ではない。

次の候補はプノンペン南部のチョムカードーン区に立つ木造高床住居の二階部分。床下部分は煉瓦を積み、壁を作っていくつかの部屋に区切っている。現状では大家さん一家が使っているが、借り手が見つかったら二階部分の荷物はすべて下に移すらしい。プノンペン市内といえど、チョムカードーンまで来ると周囲の風景は農村のそれとあまり変わらない。この家も農村の家のようで、トイレや水浴び場も農村の住宅と同じく外に備え付けられている。二階部分は十四畳くらいの部屋と4畳くらいの部屋からなり、そこを借りることになる。木の床なので涼しく、心地いい。踊り場のようなベランダもあり、優雅なお茶の時間が過ごせそうだ。家賃は80ドル。80ドルでこの空間が借りられるなんて、贅沢である。

三番目の候補は同じくチョムカードーン区で見つけた。これまた木造高床で床下部分は煉瓦を積んで部屋になっている。大家さんは高齢の女性。下の階には人が住んでいたので、上の木造部分を貸し出しているのかと思い、大家さんに聞くと「上を借りたっていいし、下を借りたっていい。裏庭にも小さな家があるから、そこだっていいのよ」とのこと。庭にはバナナの木が植えてあり、外には水田が広がっている。周りの景色といい、大家さんの感覚といい、まるでカンボジアの田舎に迷い込んだかのようである。でもここはまぎれもなくプノンペン市内なのだ。
二階の木造部分を見せてもらった。広々していて窓がたくさんついているので明るい。きれいに掃除をし、電球色の間接照明なんかを置いたらかなりいい雰囲気になりそうだ。家賃を聞くと
「いくら払ってくれるんだい? 私たちは別に安くたって高くたって怒ったりしないから」
という。うーん、これまたカンボジアらしい話である。穏やかな性格のようで、いろいろと世話を焼いてくれそうな感じの大家さんである。小さなお孫さんも4人ほどいて、ずいぶん人懐っこそうな感じだ。プライバシーを気にしないような人なら、快適な生活がおくれると思うが、逆に気にするような人だと、おそらく毎日が苦痛になるだろう。
庭は広く、「もう年だから草むしりが大変でね、むしってもむしってもどんどん出てくるのよ」と言う。草むしりを手伝い、家庭菜園なんかをやったら喜ばれそうである。

この日見た物件は以上の三つだった。

次の日、また物件探しをした。フランス植民地時代のコロニアル建築の内部を板で区切り、一部屋50ドルで貸しているところ、暗闇のなか急傾斜の階段(というかほとんど梯子に近い)を上った先にある広さ4畳ほどの部屋(隣の部屋とのしきりは薄いベニヤ。住居というより子どものときに作った秘密基地のような建物だ)で家賃は30ドル、冷房付きの3Kで160ドル(ただしベランダに立つとトゥオルスレン虐殺博物館が目の前に見える)、日本の小さなアパートのように長屋を二階建てにしたような作りで一部屋60ドルといった物件を見た。借りるか借りないかは別として、プノンペン市内には多種多様な賃貸物件があることが改めてわかり、どのような人たちがどのような住宅に住んでいるのか、その一端ものぞくこともできた。写真で記録しておけたらおもしろいかもしれない。


テーマ:カンボジア - ジャンル:海外情報

■食品を干して保存する

カンボジアでも食品を干して長期保存することが古くから実践されてきた。現在でも家庭単位で日常的に行われており、住宅地を歩いているとその様子の一端を見ることができる。干す食材はいろいろあるが、下の写真は牛肉を干しているところ。
プノンペン市内、牛肉を干す

干す前に砂糖、塩、すりおろしたルムデーン(ショウガ科の植物の根茎)などで下味をつける。近年、「猛威」をふるう化学調味料も下味をつける際には広く利用されている。工場で乾燥させる干物とは違い、時間をかけて天日で干す。といっても熱帯モンスーンの日差しは強いので、干すものにもよるが、写真のような牛肉の場合、天気のいいときであれば1日干せば充分だという。

プノンペン市内、牛肉を干す拡大

近くで見るとこんなかんじ。肉の表面にすりおろされたルムデーンがついているのが確認できる。こうした干し肉は、ごはんのおかずにもなるし、酒のつまみにもなる。プノンペン市内の飲み屋(いわゆるビアガーデンや焼き肉屋など)では、酒のつまみとしてメニューに載せているところもある。


テーマ:カンボジア - ジャンル:海外情報

■トゥオルトンプーン市場の野菜売り場

ロシアンマーケットの野菜売り場

ガイドブックなどではロシアンマーケットとも表記されるトゥオルトンプーン市場。いろいろなお土産物が売られていることから、プノンペンの観光名所のひとつにもなっているが、お土産物売り場からはずれたところには日用品や生鮮食品売り場、買い物客などを狙った軽食売り場などが連なっている。地元の人たちの空間だ。

野菜売り場は八百屋のようにさまざまな野菜を広げて商いをしている。限られた空間を使っていかに多くの商品を並べるかがひとつのポイントになっているかのように、ところ狭しと食材が並ぶ。ちょっと視線を上に向けると、小さな袋に小分けされた乾物がぶら下がっているのに気づく。ピーナッツ、干した湯葉、干し椎茸、干し木耳、春雨などだ。

こうした売り場で売られている食品はすべて量り売りで、写真中央よりやや右にあるような秤を使って値段が算出される。その日の仕入れ値に応じて小売価格が変動するのは日本と同じだ。秤の精度はさまざまで、量る人がいい加減(おおらか)だと同じ物を同じ日に同じ場所で同じ量買ったとしても値段は変わることがある(高くなる場合もあれば安くなる場合もある)。また、お得意さんには同じ値段でもちょっと多めに入れてくれるとか、ワケギや唐辛子などをつけてくれるとか、そういう形でおまけをしてくれることもある。交渉次第ではたくさん買うと割安になるし、少量だと割高になることも。ものにもよるがたいてい100グラムから購入可能だ。

野菜はカンボジアらしいものに加え、日本でもおなじみのニンジン、タマネギ、カボチャ、キュウリ、トマト、ハクサイ、キャベツ、ニラ、パプリカ、長ナス、セロリ、大根、サツマイモ、カリフラワー、長ネギなどもあり、それらのなかには近隣国(おもにベトナム、タイ、中国)からの輸入品も少なくない。
写真の売り場の場合、奥の壁に取り付けられた棚には大豆油、醤油(原料は大豆だが日本の醤油とは風味が異なる)、魚醤、オイスターソース、酢(おもに砂糖椰子の樹液を原料とする酢)、塩、砂糖、胡椒、化学調味料などが並べられている。

テーマ:カンボジア - ジャンル:海外情報

■ココナツをシクロで運ぶ

ココナツを運ぶシクロ
▲ココナツをのせて飲食店まで運ぶシクロ(三輪自転車タクシー)、首都プノンペン

カンボジア南部を中心として、国内で広く日常的に飲まれている飲料としてココナツジュースがある。ココヤシの実の内部にたまった液状胚乳のことで、カンボジアでココナツ(ココヤシ)と言えばカンポート州が有名だ(ほかの地域でも栽培されている)。
カンボジアで見かけるココナツはすべて同じに見えるかもしれないが、じつにさまざまな種類があり、ジュースの味や香りも違うし、用途も異なる。なかにはジュースを飲用しないものもある。
「おいしい」ココナツジュースの代表格といえば、通称ドーンクロオープ(「香りのいいココナツ」の意)、またはドーントッカエ(「トッケーのココナツ」の意、トッケーはヤモリを大型にしたような爬虫類)などと呼ばれるココナツだろう。余談だが「おいしい」というのは主観的な評価であって、万人が受け入れられる基準ではない。アさんが「おいしい」と評したものをイさんが必ずしも「おいしい」と感じるわけではない。ここでいう「おいしいココナツジュース」というのは、僕が個人的に知っているカンボジア人が「おいしい」と評価するココナツジュースのことを指す。

首都プノンペンでドーンクロオープを扱う売り場は限られており、どこでも手に入るわけではないが、ドーンクロオープを扱うところは「ドーンクロオープを売っています」といったようなことが書かれた紙を張り出していることが多い。ドーンクロオープの味が広く一般的に「おいしい」ものとして受け入れられていることを示していると言えるかもしれない。
売り場の一つは、シハヌーク通りと63番通り(トロソックプアエム通り)の交差点から63番通りをやや北上した先に並ぶ露店だ。緑の表皮がはがされ、「裸」にされたココナツが整然と積み上げられている。値段はほかのココナツと比べると1個あたり数百リエル高いが、その分、甘みが強く鼻につく青臭さが少ない。

先日、カンボジア南部のタケオ州キリボン郡にある知人の実家を訪ねた。山に囲まれた緑豊かなキリボン郡は、ざっと見た印象では家庭単位でココナツを植えているところが多い。訪問先でもココナツジュースが振る舞われた。自宅の庭に植えたココヤシから取ったものだという。もぎたてなのでその鮮度は疑う余地がない。お金を払って添加物にまみれた飲料を買うのが当たり前の生活をしていると、自宅の庭で自然が育んだ天然飲料が入手できるというのはなんとも贅沢な感じがする。ストローをさして飲むと、太陽の香りと大地の味がした。

ココナツジュースは水分吸収の効率がいいと考えられているため、熱を出した時にココナツジュースで水分補給をするといいと(僕の知っている)カンボジア人は言う。また、全国的に医薬品が不足した時代には、ココナツジュースを点滴に使ったこともあったという。
また、ココナツジュースは米焼酎のような蒸留酒スラーソーを割るのに使われることもあるし、最近ではココナツジュースで鶏肉などを煮込んだ料理を出すレストランも見かけるようになった。

テーマ:カンボジア - ジャンル:海外情報

■夕涼みの屋台 プレイベーン

牛肉サンド

太陽が傾き、涼しくなり始めた頃、夕涼みに来る人々を狙ってさまざまな場所に屋台が立つ。写真はプレイベーン州の州都プレイベーンで牛肉サンドイッチを売る女性。牛肉には複数種類のハーブと調味料で下味がつけられており、それを炭火であぶり、同じく炭火で焼き色をつけたバゲットに挟んで食べる。

カンボジアの牛肉は堅くておいしくないという評判がある。確かに切ってそのまま焼くとかなり堅く、何回噛んでもなかなか噛み切れないこともしばしばあるし、分厚いものではゴムのように感じることすらある。だたし、同じ牛肉でも下処理の仕方次第でまったく別物のような食感の肉になることを忘れてはならない。
下処理や調理法次第で食材の味わいは多様に変わる。その土地の調理法は、その土地の食材に併せて培われるのだから、外の世界の調理法を用いたことで好ましくない結果になったとしても、その対象(食材)の価値が低くなるわけではないだろう。




テーマ:カンボジア - ジャンル:海外情報

■カンダール市場のおかず売り場

カンダール市場おかず売り場
首都プノンペンのトンレサープ川近くに立つカンダール市場のおかず売り場。夕食のおかずを買い求める市民でにぎわっていた。撮影日、客の多くは女性だったがちらほら男性客の姿もあった。一人暮らしの男性か、男性数人が集まって一部屋に住んでいる人たちかもしれない。地方から出てきた学生や肉体労働者などは、安い部屋を数人で借り、集団生活をしていることがある。
おかずはどれも量り売りで売り場や買うものにもよるが500リエル(約12.5円)程度から買うことができる。薄味に慣れ親しんだ自分にとっては、どれも味の濃いものばかりで、化学調味料の味に辟易することもあるが、家庭で日常的ん食べられているものが並んでいるので、プノンペン市民の食生活の一端を覗くことができておもしろい。

カンダール市場漬け物
カンボジア版「漬け物」コーナー。左下はキュウリ、右下はもやしと蓮の茎、左上は高菜のような菜っ葉をつけたもの(スペイチュークという)、中上は未確認だがおそらくパパイヤの漬け物、右上はもやしとスペイチューク。いずれもつまみながら白いご飯を食べたり、チャーハンの具にしたり、焼き魚や焼き肉のつけダレと混ぜる、または付け合わせにしたりする。

テーマ:カンボジア - ジャンル:海外情報

■学校前のおやつ売り

学校でおやつを売る(プノンペン)
首都プノンペンのある学校前で、授業の終わった生徒やこれから授業が始まる子どもたちを狙っておやつを売る人々。さまざまなおやつが売られているが、どれも500リエル(約12.5円)から1000リエル(約25円)ほどで買えるものばかり。

学校前のアイスクリーム売り
写真の男性はカップ入りのアイスクリームを売っている。コンデンスミルクをかけて食べるため、甘みは濃厚だ。


テーマ:カンボジア - ジャンル:海外情報

■こいつは泥棒だ! 女みたいな顔になってるぞ!

近所のガソリンスタンドへ給油しにいったのだが、鍵を差し込んでも給油口がなかなか開かない。何度やっても結果は同じ。対応してくれた店員が別の店員を呼んであけるのを手伝ってやれというので、彼に鍵を渡してみた。最初に対応してくれた店員が
「もし開けられたら、こいつは(バイク)泥棒だ」
といって別の店員と嬉しそうに笑っている。すると、鍵を手にした店員は見事に開けてみせた。
「やっぱりこいつは泥棒だ、泥棒だ」
と小学生のようにはしゃぐ店員。

開けてもらった後「レギュラー満タン」と告げ、給油開始。その数十秒後に財布が薄いことに気がついた。「ちょっと待って!」と言って給油を中断してもらったがすでにとき遅し。ほとんど満タンになっている。財布の中身を確認すると、わずかだが1米ドルだけ足りない。

スタンドの店員に告げる。
「なんだ、金が足りないのか」
と笑う。カンボジア人のこの精神的な余裕にはいつも救われる気がする(その反対のときもあるが……)。自宅はすぐそばなので、一度金を取りに戻ってくる形でいいかどうか確認すると、小額だったこともありすんなりOKが出たが、対応してくれた店員がこう言った。
「別に戻って来なくたっていいですよ。あ! あいつ(もう一人の店員)の顔が引きつってる、女みたいな顔になってるぞ!」
戻ってきてくれなくては困ると思ったもう一人の店員は、その思いが顔に出てしまったようで、その表情を「女みたいな顔だ」と彼は形容したらしい。なぜ「女みたい」だと表現するのか、そこのところは不明だ。

自宅に戻ってから不足分を持って再度、同じガソリンスタンドへ行く。「女みたいな顔になっている」と言われた店員にお金を渡すと、さきほど対応してくれた店員がげらげら笑いながらまた言った。
「ほらほら、あいつまた女みたいな顔になってるぞ!」

■中国のお盆サエンクバールタック

2週間ほど前の話だが、カンボジアの盂蘭盆(正確にはプチュムバン=盂蘭盆ではない)とも言えるボンプチュムバンとほぼ時期を同じくして、カンボジア在住の中国人や中国系の人々が行うお盆サエンクバールタックが始まった。サエンは「供える」、クバールタックは「源流」を意味する。この場合の源流とは、おそらく先祖のことなのだろう。

麺売り
▲中華麺を売る女性

野菜売り場のミー
▲野菜売り場で売られている中華麺

プノンペンのトゥオルトンプーン市場へ食材を買いに行ったところ、生鮮食品売り場ではサエンクバールタックの際に供える中華麺と、麺と一緒に供える揚げシュウマイと揚げ春巻きの中間のような食べものがさまざまなところで売られていた。普段は麺を扱わない野菜売り場や豆腐売り場でも麺を見かけたほど。
カンポート州生まれの中国系カンボジア人に「なぜ麺を供えるのか」と聞くと、地獄に堕ちた人はその罪により口を小さくさせられてしまうため、麺のように細いものでないと食べられないからだという答えが返ってきた。

麺と食べる揚げ物
▲揚げ春巻きと揚げシュウマイの中間のような食べ物。

サエンの現場
また、町では生前の罪により地獄に堕ちた祖先や親族があの世で困らぬよう、人々が自宅前で紙幣に似せかけた紙などを燃やして送っていた。地獄に落ちた霊を供養することで、そうした霊たちに自分たちの暮らしを守ってもらい幸福を祈るのだという。サエンクバールタックの際に燃やすものは市場の雑貨売り場などで売られており、祈る内容によって燃やすものが変わるという話も聞く。紙幣に見せかけた紙は閻魔大王の絵が印刷されていて、下のほうに「Hell Bank(地獄銀行)」と英語で印刷されているのがおもしろい。

地獄銀行の紙幣
▲「地獄銀行」の紙幣とそのほかのお供え物(燃やすもの)など

市場でのサエン
燃やす場所は自宅前だけではないようで、市場の売り場でも燃えかすが残っているところがあった。

テーマ:カンボジア - ジャンル:海外情報

■トーマダー6号もうすぐ発行

トーマダー6号表紙
前号を発行してからずいぶん長い時間が経ってしまったが、2009年9月中になんとかトーマダー6号を発行できることになった。関係者のみなさまには大変長い間お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。

なお、6号の発行と併せて以前、当ブログでお知らせしたトーマダーオリジナルDVD「チュランチョムレのプロホックづくり」も併せて発売する予定。およそ20分と少々短い映像作品だが、少しでも多くの方に見ていただければ嬉しく思う。価格は1枚1500円(日本への送料込み)。購入ご希望の方は当ブログの運営人(井伊)までメールにてお問い合わせください。

井伊 誠
i.makoto21@gmail.com

■料理の手伝いをする子ども

料理の手伝いをする子ども
▲料理の手伝いをする子ども(首都プノンペン)

テーマ:カンボジア - ジャンル:海外情報

■プノンペンの「中華食堂」

中華食堂
▲首都プノンペンのシャルルドゴール通り沿いにある「中華食堂」

首都プノンペンは、あちこちで中国語表記の看板を見かけたり中華料理のレストランや食堂(勝手に「中華食堂」と呼んでいる)があったりと、中国の色彩を強く感じる町だと思う。
先日の朝、ある人との待ち合わせ時間より早めに家を出て外で朝食をとったとき、写真の店に入ったのだが、クメール語も響いていたものの、中国語の新聞を読む客や中国語で会話をする人たちが目立ち、中国のどこかの都市に迷い込んだかのような錯覚を覚えた。朝食のメニューも点心がいくつかあり、中華麺も人気のようだった。ただし狙っていた鴨肉麺には残念ながらありつけず。

■メコン川沿いのチャム人集落を歩く

しばらく前の話だが、メコン川沿いにあるチャム人の集落を訪れた。ある資料によると、この集落はカンボジア国内におけるチャム人のスピリチュアルセンターであり、カンボジア最大級のモスクがあることで知られるという。

メコン川を渡るフェリー
ある場所からフェリーに乗ってメコン川を渡り、目的地である集落を目指す。

メコン川を渡るフェリーの内部
フェリーの乗客には、トンレサープ川沿いのチャム人集落チュランチョムレでは見かけたことがない、黒い衣服で全身を包んだイスラムの女性もいた。同じチャム人として括られる彼らもその信仰や生活様式には違いが見られるようで、チャム人の研究者によればカンボジア国内のチャム人は大きく三つに分類されるらしい。

チャーム人の焼きバナナ売り
といっても、今回訪れた集落に住む女性がすべて全身を黒い衣装で包んでいるというわけではなく、ざっと回った感じではどちらかといえば少数派のように感じられた(実際はどうかはわからない)。チュランチョムレで見かけるような服装の女性もいたし、クメールのクロマーそっくりの布(クロマーかもしれない)を頭に巻いている女性もいた。

散髪屋
少年の髪の毛を切る散髪屋の男性

小魚を売る女性
川で取れた小魚を売る女性。卵と一緒に蒸して食べるという。

自転車に乗るチャム人のおじさん
自転車に乗ってやってきた古老。帽子とサロンがよく似合う。聞けばサロンと帽子はマレーシアのものだという。カンボジアのチャム人とマレーシアとの歴史的な接点を想起させる。

イスラムの帽子を干す
洗濯した帽子を干す

コマのようなもので遊ぶ子ども
コマのようなおもちゃで遊ぶ子どもたち。回し方がおもしろく、一度回した「コマ」は棒の先端に結びつけた紐で強くたたいて回転させていた。

米粉を干す
自宅の前で米粉を干す。近々行われる伝統行事のために干した米粉でクメールでいうところのヌム(仏教研究所発行の国語辞典『クメール語辞典』によれば米粉などの粉で作る食品の総称のこと)を作るという。「ヌム」という言葉が指す食品は多様で、甘いものが目立つことから「お菓子」と訳されることがあるが、ヌムバンチョック(米粉から作られる麺)のようなものもヌムである。また、粉から作られる食品であってもベトナムから入ってきたものの場合は、「ヌム」とは言わずベトナム語(南部のベトナム語か?)のバン(Banh)をそのまま使う(バンチャヌア、バンチャエウ、バンホイなど)という。
とはいえ、ヌムオンソーム(糯米で作るちまきのような食べ物)のように、粉ではなく炊いた糯米をそのまま原料とするヌムもある(もともとは糯米の粉で作られていたのかもしれない)。

ボートで渡る
行きとは違う道を走って帰ったところ、行きはメコン川本流をフェリーで渡る以外は「陸路」で行けたが、帰りはメコン川の「支流」でで道路が寸断されたようになっているところが複数箇所あり、小さな木製のボートで川を渡った。川の土手の状態からして、川の水で寸断されたわけではなく、実際には橋のかけられていない道なのかもしれない。乾季にはどんな状態なのか気になる。

コンポンチャムの鍋屋
チャム人の集落に食堂がなかったため、帰り道に立ち寄ったコンコンチャム州の町にあった鍋屋で遅い昼食を取った。中国系の人が経営する店のようで、夕方早くから男性客が酒盛りをしていた。彼らが飲んでいたのはカンボジアで広く販売されているマッスルワイン(精力がつくのを売りにしている酒)だった。マッスルワインは「スラーサイッドム」)(筋肉の酒の意)と呼ばれるが、「ワイン」といってもぶどうを原料とするワインとはまったくの別物だ。

■プロホックづくりのビデオ映像

数日前まで、ビデオで撮影したプロホックづくりの様子の取材映像の編集に取り組んでいたが、それがやっとまとまったので、協力者のひとりに送った。そろそろ先方に届くはずだ。彼のチェックを受けて、映像プロジェクトの第一弾公開映像がプロホックづくりの映像になるかならないかが決まる。
採用されれば、近いうち、ネット上で視聴できるようになる予定。

次のビデオ取材対象を考えよう。

いろいろあって、まだ発行できていないトーマダー6号のための取材も続けている。今日はビンロウとキンマを嗜む習慣について、実際にキンマとビンロウを売っている人に話を伺った。昔から続く物事の背景を聞くと、カンボジアの人々の考え方の一端を伺い知ることができ、興味深い。キンマとビンロウにも、「近代化」と「伝統」のせめぎ合いを感じ取ることができる。

こうして世界はまた一歩、均一化を道を辿り、平坦になっていくのだろうか。独自性が失われたのっぺらな顔に魅力を感じる人が増えてきているのか、それとも強者支配の論理が進行しているだけなのだろうか。

■カンボジア動画サイト

プロホック作りの過程を撮影してまとめたビデオ作品が一応、ほぼ完成した。撮影、編集、ナレーションなどすべて一人でやったので、映像作品づくりに不慣れな自分には大変な作業だったが、やりがいのある仕事だった。とはいえ、自分の醜い声がナレーションとして入っているのが堪え難いところだ。

オリジナルDVD計画は、トーマダーだけではなく映像の形でもカンボジアを表現してみたくなり、個人的に始めたことなのだが、ひょんなことから友人と話が合ってスタートすることになったカンボジア動画サイト計画で使われる第一弾映像の候補となった。見事、採用されれば、インターネットを通して「放送」されることになる。
少しでも多くの人に見てもらえたら嬉しい。

次の映像作品のテーマとしては、あるカンボジア人の1日を追う「1日シリーズ」、物作りの様子を伝える「物作りの現場を訪ねる」などを考えているが、先日のメンバー打ち合わせで、ほかにももっと人間臭いテーマで取材できたらおもしろいものができるんじゃないかという話になった。


■自然の恵み

カンダール州キエンスバイ郡のある村で、近代養蜂による養蜂をやっているところがあるという情報を得たため、取材に行ってみた。場所はモニボン橋を渡り、国道1号線をしばらく進んだ先にあるプレークアエンだという。

英字紙Phnom Penh Postの報道や、その他の情報源から仕入れた情報によると、カンボジアでは近代養蜂によるハチミツの採集などはシェムリアップ州の一部の地域をのぞき、行われていないという。そのシェムリアップのある村では、プノンクーレン(クーレン山)から移住してくるミツバチの習性をうまく利用して自然の環境のなかで営巣させ、ハチミツや蜜蠟を採集している。
それなら、ほかの地域でも山に近いところでミツバチの周期的な移住経路の範囲内にあるところなら、似たような形で近代養蜂が行われている可能性があるし、山に近くなくとも、別の形での養蜂が行われていることも考えられる。キエンスバイの養蜂の話は、そんなことを考えていた矢先に聞いた。

しかし、村の人にいろいろ聞いて回ったものの、近代養蜂をしているという人は見つからなかったし、村の人もそんな話は聞いたことはないという反応だった。代わりにチョンプレーク集落で旧式養蜂によるハチミツ採集をしている人の話は聞くことができた。彼は父親の代からハチミツの採集をしているとのことで、プノンペンのチュルイチョンワー橋を渡った先にあるプレークリアプやバケンのあたりでハチの巣探しをしている。その彼も近代養蜂をしている人の話は聞いたことがないという。

とはいえ、カンボジアらしい話が聞けた。ハチミツ探しといっても、広大な森や浸水林のなかでどうやってハチの巣を探すのだろう。運任せでなんのあてもなく彷徨っていては、そう簡単に見つからないはずだ。カンボジア人の伝統や風俗習慣について調査しているミエイポン氏の著書によると、ハチの動きによって近くに蜂の巣があるかないかを判断するというが、チョンプレーク集落の彼の場合はどうなのだろう? 彼は言った。

「花が咲き乱れ、そこにミツハチが飛び、近くに森(林)があれば、そこ(森、林)には蜂の巣がある」

カンボジア語には、「水あるところに魚あり(ミエン タック ミエン トレイ)」、「ミエン プレイ ミエン プラエチュー(森あるところに果物あり)」ということわざがある。自然の恵みを享受して生きてきたカンボジア人らしいことわざだと思う。森の恵みであるハチミツも、水や森と同じなのだ。

水があればそこには魚がいる、森があれば果物がある、花が咲きミツバチが飛び、近くに森があればそこにはハチミツがある。水田には食用となるカエルやカニ、小魚が、沼には貝がいて、森には薬用植物もある。ローク・シーというカンボジア語の表現が思い浮かぶ。ロークは「探す」、シーは「食う」。「生計を立てる」「食べて行くためにするさまざまな仕事」といった訳が当てられることが多いようだが、もともとは自然の恵みのなかから「食うものを探す」という意味だったのではないかと思う。





■印刷所からの営業電話

以前はまったくなかった印刷所からの営業電話が数ヶ月前からぽつぽつかかってくるようになった。プノンペンは町の大きさ、人口の割に印刷所が多く、競争が激しいと聞く。それに不況が襲いかかり、各印刷所は苦しい経営を強いられているのだろうか。
近いうち、電話のかかってきた印刷所の人と会うことになっている。おそらく単なる営業だとは思うが、意外な展開に発展する可能性もある。

■地雷問題は貧困問題

(カンボジアの)地雷問題は貧困問題だという文章を読んだ後、その現場を歩く機会に恵まれた。地雷の被害にあって足を失う人よりも、交通事故で足を失う人が増えているという報道がされるようになってしばらくたつが、前述の文章の筆者(以下、「筆者」とする)が言うとおり、これは統計の一端を示しているに過ぎない。

確かに交通法に対する意識や運転マナー、道路や車両の状態など、もろもろの事情により交通事故件数は増加する一方で、この国の交通事情は「アジア最悪」と評されるほど悪い。それに、地雷の被害に遭う人が以前と比べると少なくなっていることもまた事実だろう。かといって、カンボジアから地雷がなくなったわけでは決してないし、否、それどころかまだまだ無数の地雷がこの国の国土を蚕食し、人々の脅威となっていることに変わりはない。地雷除去活動が少しずつ進み、いくつかの疑わしい土地がマーキングされたことで、犠牲になる人が減ってきたことは歓迎すべきことだが、地雷問題が解決したわけではないのだ。

「筆者」によれば、今のままのペースで除去活動が行われた場合、すべての地雷が除去されるまでに70年、80年という時間がかかる。また、すでに除去された地域は、地雷が埋設されていると疑われる土地の15%程度に過ぎないという。

地雷問題は貧困問題だ、というのは、経済的に貧しい人が生きていく土地を求めて、貧しいが故に地雷の脅威が潜む土地で暮らさざるを得ない状況のことを言っている。ある人は言った。
「ここには地雷があるけれど、私たちには生きていく土地がなかった。土地がないよりは、たとえ地雷があったとしても土地があるほうがましだ」
こうした人々が、生きる糧を求めて、文字通り命をつなぐために地雷原へ足を踏み入れてしまい、悪の兵器の犠牲となる。経済的なゆとりがないために、安全な土地を手に入れることができない人々。

地雷問題は貧困問題である。


FC2Ad

FC2ブログ